Last Updated on 2026年5月20日

読む前の予想よりも、すんなりと読める本だった。
そして、随所随所で、「どうして自治体の長がここまで頑張ってるのに、国は容赦なく踏みにじるのか」とたまらない悔しさがこみ上げて、うっうっと涙が湧いてきて、そのたび付箋を貼り付けた。そしたら緑付箋、黄付箋と付箋だらけになった。
しかし、しかしである。
ここを読む懸命なる読者諸兄諸妹はお察しだろうが、悔しくさせる元凶は国--詳しく言うと原子力委員会と原子力安全委員会を含む経産省--だけではない。首都圏に住むワレワレもなのだ。原発を立地させている県の苦悩など考えたこともなく、「電気代払うんだからいいでしょ」とばかりの態度ですませていたのだから。
お断りしておくが、この本で佐藤氏は、決して都民を責めてはいない。そこに紙面を割くにはあまりにも他の事象がありすぎるのだ。ただ、さすがに書かずにいられなかったのが、石原知事の暴言。
ある時、「石原都知事と議論する会」というのが開かれた。
柏崎刈羽村でプルサーマル受け入れの住民投票が行われ、反対投票が過半数を占めた時だ。
石原知事はその際、
「一部の反体制の人がたきつけて、日本をぶっこわしちゃおうということだろう」
「原子力発電所は仕事をすればするほど危険だというわけもわからない理屈で反対している。東京湾に作っても平気なくらい日本の原発は安全だ」
と発言した。今さら腹をたてるのも虚しいが、もう少しマシな思考回路は開通していなかったのか。原発は経った時の新しいままではなく経年劣化するのだから、危険は増すと考えるのが道理だ。3.11後の石原氏が神妙におとなしい理由が分かろうというものだ。
議論は「原発は必要なのか」ではない。「プルサーマルは必要なのか」だ。
佐藤氏はこのしごくまっとうな疑問から出発し、民主的な手続き(話し合いや、識者を招いての勉強会や、意見の公募など)を経て「プルサーマルには反対」と意見形成を得た。
それが、経産省によって無視されたり、嘘をつかれたり、「ハシゴを外されたり」していく。本書では、その様子が順を追って明らかになっていく。
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佐藤栄佐久前知事は2007年に任期の途中で収賄容疑※で捕まったため、現知事の佐藤雄平氏が次の知事になった。栄佐久前知事のもとでは受け入れずに持ちこたえていた「プルサーマル」を、雄平知事の代になって受け入れることになった。ただし、雄平知事は条件を三つ出した。
「耐震安全性」「高経年化対策」「搬入から10年近く燃料プールに貯蔵したままのMOX燃料の健全性の技術的検証を行うこと」
2010年8月、それら条件は充たされたとみなされ、県はプルサーマルに同意を与えた。
そうやって受け入れてしまった2ヶ月後、福島県は経産省に裏切られる。
プルサーマルの最終処分場になるはずの六カ所再処理工場が、今までも操業延期につぐ延期をしていたところ、ほんとうに操業延期を発表してしまった。つまり、使用済みのMOX燃料の行き先がなくなった。ただでさえ「原発はトイレのないマンション」と言われるくらい使用済みのゴミの行き先に困るものなのだ。「プルサーマル」も、各地の原発でどんどん貯まる一方の使用済み核燃料を使うために「高速増殖炉」というのが始められ…と思ったら失敗して…となって、そのあげくなのだ。
プルサーマルという通常の原発のゴミよりも毒性の高くなったゴミの処分場がないまま、プルサーマル原発(福島第一原発の3号機)が始まった。
そうして、福島県が最終的な核のゴミ置き場にされてしまった。
氏は、「核燃料リサイクルは最初から破綻しているのに、嘘を重ねてプルサーマルを押し通し、再処理や安全対策にあえて『不作為』を決め込んだ経産省の存在。それこそが、福島原発事故の『元凶』である」と冷静に分析している。
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追記:氏の他の著作『知事抹殺–つくられた福島県汚職事件』には、収賄事件をでっち上げられてつかまった顛末が記録されている。
追記2:チェック機構であるはずの原子力安全委員会は、嘘や誤魔化しをしてきた経産省の一部。栄佐久知事は(他の原発立地県も)「泥棒と警官が同居」しているような機構を変えて、推進機関とチェック機関を分離してくれと再三申し出てきた。
※内容を整理し、加筆修正しました(2026年5月)