道化師の蝶 / 円城塔
何らかの固有名をあらわす円城塔という名前は以前から知っていた。知っていたが知った先がはてな上に存在する怪しげな文芸倶楽部で、それによると円城塔は大学の研究室の電子レンジの中で発見されたのが最初であるとあったから、まさか作家名とは思わず、マニアックな感興を呼び起こす、たとえば「初音みく」みたいな実在しない幻想的な何か–ITコンテンツ系の–だと思っていた。
とはいいつつ、円城塔は風変わりではあるが人名として成立しないわけではないので、実は実在している作家のペンネームではないかと疑いだしたのが比較的最近で、けれど「初音みく」に近い何かという着想を捨てるのが惜しくて、時折人の書評で円城塔という名前を見かけることがあっても、円と城と塔が出てくる小説の書評だからやたらと円と城と塔という漢字が目に付くのだろうと、無意識にか有意識にか決めていた。作家の名前とか小説のタイトルとか書評の内容より、字を追いかけるので精一杯で、どこまでいってもゴールのない徒競走、あるいはオニのいないオニごっこをオニごっこしているからで、円城塔は怒らないと思う。道化師の蝶もまた、大型旅客機に乗っている間しか面白くない小説なのだから。
でも良かった。作中にある他の小説のように、逆立ちしながらでないと読めないとか、頭痛がしている間でないと面白くないとか、三本足でケンケンしながらでないと通じないとかだと、特殊にすぎて手に取ることもかなわなかったろう。せめて大型旅客機に乗っている間しか面白くない、というのだったら(今、ほんとうにそんな意味で書いてあったのか、はなはだしく不安であると鹿爪らしく不安な最中だけど)、わたしは大型旅客機には乗ったことないとはいえ、その一歩手前のパスポートは取得済みなのだから、がぜん、近い。けっして、道化師の蝶のための条件をすべてクリアしているとは言えないけど、かなり、近い。近い、近い、近い。
そのことにわたしは密かな優越感を抱く。のだけど、いったい今どきパスポートを持っていない人がどれくらいいるというのか、わたしは、そのいるかいないか分からない(けど、いるのはいると思う)、貧しいか、臆病か、時代遅れか、抜けているか、行動力がないか、無知か、ちょっと不幸か、大いに不幸なその相手相手に優越感を抱く。力が抜けるくらいあーあな自分を発見する。新種の生き物のように。
ふうう… それは兎も角。わたしも道化師の蝶の友幸友幸を見習って(それともエンドレス氏?)、卵を産み付けよう。そしてそれに責任をもとう、最後まで育てよう。いつか孵化して脱皮して蛹になって羽化して蝶になる……かもしれないのだから。絶対とは言えないけど、それにものすごく気の遠くなる話しだけど、卵が孵化して幼虫になって脱皮して蛹になって羽化する、ことはありえることだと妄想するから。※
※孵化という言葉が本当にソレか、意味とスペルとラテン語読みと英語表記と歴史的発見の時期と賛同者と反対者を、あとで調べること