ダリアの帯で腹をあたためて

なんだかここに書く話題がせいしん寄りになって、自動リンクとかあれこれ削除したのは、一週間くらい前で、そうでないとおちおち一週間を暮らしていられないからだ。そういうとこが不便だなと思う。

『ブラックジャックに~』を買ったとき、棚のちょうど目の高さにあった『ダリアの帯』にも惹かれて、今さらという気もしたもののやはり買って帰っていて、ゆっくりゆっくりと読んだ。
「既読」という言葉はこういう場合にも有効なのだろうか、21年ぶりに読むので、もう記憶も細胞もとうに刷新されて、昔の名前で出ていないわたしは初めて読むように『ダリアの帯』を読めた。

恥ずかしい余談を付け足すと、21年前に『ダリアの帯』を読んで感動したわたしは、作者にファンレターを書いていて、それが投函されないまま手元にある。この際ついでに読み返してみて、つくづく出さないでよかったと思った。
なんせ書き出しが「『ダリアの帯』読みました。立ち読みだけど」で、金払ってないことを告白したつもりなのか、立ち読みしている自分に何かしら情景でも滲ませようとしたのかしらないが、「立ち読みだけど」は完璧に無用な一言だ。
しかもそのあと、えんえんと自分の話が便箋4枚にわたって繰り出され、その便箋がLaLaの付録で青池保子の絵柄だったりする。そりゃそんなことで気を悪くする作者ではないだろうけど。

何が余談だか分からないので続けると、自分の話4枚は、気のふれてしまう黄菜と自分を重ねての、そして黄菜から「逃げない」と決意した黄菜の夫と自分を重ねてのもの。これは、決して、未来の自分に貶められたり、辱められるような事ではなく、むしろ誇りだ。
そして彼女に聞きたいと思う。この先何をどうして、何に感動して何をさがして生きればいいのか、途方に暮れ気味のわたしに何かアドバイスできることはないか? と。

(しかし黄菜の母の話した内容が胸に突き刺さって痛かった。こればっかは、昔のわたしには分からなかったネ)

ダリアの帯 (白泉社文庫)

ダリアの帯 (白泉社文庫)

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