しんぼる

しんぼる松本人志の映画を映画館で見る気は、これっぱかもなかったのに、付き合いで見てしまった。
ちょうど今日は水曜のレディースデイだったこともあり。
そういう意味では、1000円ならばさほど大きく損した気にはならない映画で、けれど1800円はきっついかなぁ…??
そんでも予測していたよりはぜんぜん面白かった。


といっても最後の〆方はちょいとずるいというか、あんまり映画になってないよね…
これじゃあダメなんだよなぁ。
そのままメキシコ映画でいってしまって良かったんだよ。そのままやるとタケシ映画になりそうで、対抗心燃やしたんだと思うけど、タケシ映画より上とか考えてああなったんだとしたら、もったいなかった。
いや多分上とか下というより、ホントにこういう感覚でいるという、モロモロの知識に汚されていない素朴にピュアな人なのかも、しれない。
しかし腹が立つのは家に帰ってきてテルテル(マイダーリング)にどんな映画だったか説明しようと、言葉を選んでいると
「だから、白い部屋に閉じ込められるんだろ、そんでメキシコ映画も並行して出てくるんだろ」
と、人の逡巡を軽く無視して説明しやんの。見てもいないのに。
「そ、そうだけどーーそれだけのことじゃなくてー」
と抵抗を試みるも
「それで最後に、両者がシンクロするんだろ」
ふざけんなーってなもんである。
確かに、そう説明はできる。シンクロの部分も「ユング入ってる?」みたいな説明もできる。けども、白い何もない空間の、その空間への感覚と、白という色(白は色ではないが)への感覚。大きなスクリーン上に展開するから、比喩的にではなく本当に狂気を感じさせて見ごたえはあった。精神分析じみた解説もできなくはないくらいで、物ばかりが次々現れるあたり、資本主義社会のなんとかかんとか言えそうだ。でも一番の見所は、閉塞状況下での松本の間合いの演技が可笑しいことだ。まわりの人もくすくす笑っていた。(もっとも客は全部で10人程度だったけど)あと、へんな景気のいいアニメも受けた。
メキシコ映画の部分もよかったよ? まっちゃんもこんなかなしー思いを生まれ故郷の大阪でしたんだろなって感じの、お父さん関連の悲しみがある。テルテルにも人事ではないよと言ってもいいくらいだったけど、痛い話だからやめておいた。やられまくりのヘナチョコプロレスラーと同一視しちゃ、あんまりだし。(ああやさしい妻の自分)
下の写真、映画『しんぼる』のシンボルであるシンボル。白い天使が途中から青年になるため、そうなるとこのてぃんてぃんも、やはり大人のソレに変化していたはずで、けどその表現は映倫上無理だったのかな。
わたしは頭の中ではソレに変換して見てたから、かなり強烈、だった。
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彼の生まれは、今調べたら大阪ではありませんでした右斜め上