【れびゅう】神様でも間違う / 黒木昭雄

2010年11月に亡くなった元警察官の警察ジャーナリスト書いていた小説。


≪豆知識≫黒木昭雄氏について

  • 2010年11月に亡くなった元警察官の警察ジャーナリスト。警察がその体質から生み出す冤罪に、大変にいきどおっていた
  • ネットで語られるような陰謀による死ではなく、練炭自殺。御子息もキッパリと認めている
  • blog:たった一人の捜査本部
  • ツイッター:@kuroki_akio

欄外:ある警察ジャーナリストの死。もしくは岩手の「佐藤梢さん殺害事件」: 日々のsukima
黒木氏が小説を書いていたとはびっくりだ。
いったいどんな…? おそらく、警察の不正や腐敗を糾弾するような、そういう内容だろうな…
でも、素人がいきなり書いても小説はむずかしいよ… うまく書けたんかな?
と思いつつ、読んでみた。
結論から言うと、やはりヘタではあったのだ。
どこがかというと、まず八年前の11月に世田谷区で女子高校生が殺される事件が起き、その一ヶ月後に刑事山岡の妻子が殺され、一年前の12月に八年前の殺人事件の容疑者が逮捕され、その男の一審判決が十日後に下される…
という導入は、いかにもまずい。無駄に読者の頭を混乱させても良いことはない。
まして主役クラス山岡の妻子が殺されていた、というのは、現実にそういう事ってあるのかもしれないけど、よほどテーマ化するのでない限り、よけいなエピソードだよ…
といった欠点があるのはあるのであるが、もとより小説の素人が書いたのだから、無理もない。
読み手としては時々メモをとりながら、書き手をサポートをする気分で読んでいけば、中盤以降はさほどメモの必要もなくなる。
それよりも意外だったのは、もっと警察の腐敗と不正を糾弾する内容かと思っていたのが、そうでもなかったことだ。
確かに、少しは出てくる。
警察が取り調べにおいて、証拠もないのに「お前がやったんだろ」と追い詰める。そんな場面が普通に書かれている。もちろんこれはあってはならないことで、山岡もいつも苦々しく思っている。ここらへんが、ことによれば、小説という形式を借りて告発したい、みなに伝えたい、と思った箇所なのかもしれない。
あるいは136ページにはこういう文章がある。

 苦しまぎれに、矢代が進言した。
「指名手配を継続したほうが、真犯人を油断させられます。」
 これに警視総監が乗った。
「被害者を被疑者として指名手配するなど、前代未聞だ。警視庁の歴史に汚点を残す。真犯人を逮捕した時、あわせて発表するばいい。そうすれば、マスコミも世間もたいして問題にしない」
 誤認手配された拓海の名誉や彼の身内の苦しみなど、みじんも配慮していなかった。そして、組織防衛と自己保身を最優先とする警視庁最高幹部たちは、誰1人、総監にあらがわなかったのである。

「小説」にはさまざまな仕掛けが必要なため、その術にたけていない氏がこうやって書くと、読み過ごしてしまいそうなほど、静かで地味な印象だ。
が、そこをヘタと思わずに読んでみたい箇所だ。
逮捕しなければ良いではないか、ではなく、誤認「手配」されただけでも、された人にとって大変なダメージであること、大変な苦しみを本人にも、家族にも負わせることを、ここで書いている。
ちなみに「神様でも間違う」とは、作中の警察官の口癖。
「神様でも間違うことはあるのだから、慎重に捜査しなくてはいけない」という戒めの言葉。
あるいは、山岡が後輩の将隆に言うセリフ「警察官ってのは因果な商売なんだ」。
小説でメシ食っている作家ならもう少し気の利いたセリフを思いついて書くだろう。
けど、実際に警察で働く人間は、こういう会話をしているんだと思う。こんな他愛のないセリフでも、現場で働く人間同士にとっては、ものすごい説得力がある。
が、読者は基本的に門外漢なので、あまり通用しないが…
黒木氏は、批判も含めたが、古巣の警察への親しみ、真面目に働く警察官へのあたたかさ、なども交えている。
黒木氏が書きたかったのは、警察官の仕事の中でも、ジャーナリストの仕事の中でも燃焼しきらなかった、何か大きなものなのかもしれない。警察の不正・腐敗・不祥事も大問題ではある。その一方、一見普通の家庭を営んでいる人にも信じがたい犯罪が起きている。そういう人間界のイトナミの大きさかもしれない。
警官なら警察のやり方に順応してしまえば、そういう風景ってことになるものを、そうなることができない。
そんな心ある人には、とうてい受け止めきれない大きく重いもの、なのかもしれない。
ここにあらためて職業人、ということについて考えた。
そして、冤罪を起こす警察の体質は、一刻も早く変えてほしい。
変えられないなら、制度(可視化など)を変えるしかない。

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