古本回顧録
「なんで閉店しちゃうのぉぉ?(くねくね)」といかにも世間慣れした井戸端会議好きの女性風に聞きただしたのだった。←事実はまったく違うのだが
んでもって、こちらの聞きただしエネルギーに比して、やたらと大きくかつ持続力にあふれた多大なエネルギーを費やしておばちゃんが理由を話してくれたことは、あそこに書いた。
だがまだあって、あそこには書かなかったのだが、おばちゃんが長々と話しをしている間、おばちゃんの後ろの本棚の中の一冊にフと目が止まってしまって、(え? その後ろのものすごい懐かしいのだけど、ちょっと見せてくんない? 高くなかったら買うから、それとって)といつ言い出そうかいつ言い出そうかとジリジリしながらおばちゃんの話しを聞いていたのである。
しかしいつまでたっても終わらないため、おばちゃんの話しを無理矢理遮って「あ!それなつかしーっ!見せて!!」とさけびつつ購入したのがこの一冊。そのときのおばちゃんはさすが長年開運堂をしょって立って来ただけのことはある。
「あ、サンコミックね。サンコミックは値が高く付いてるわよー、あ、それは少女漫画だからそうでもないけど、少年ものはすごいのよーーーー」と、それなりの一家言をもっていたのはさすがであった。
という劇的な展開を経て入手した一冊、それが倉多江美『ドーバー越えて』だ。
やっと昨日ごたごたが片づいたので読めた。
20年ぶり、いやもうほとんど30年ぶり近くに読み返して、ほんとに面白かった。昔面白くても今読むとぜんぜんダメってこと多いものだけど、「すご、これ『ノルウェイの森』の先取りじゃん?!」とか「日常にひそむ不条理に着目するなんて、今じゃ誰でもやることだけど早かったね!」などなど、感心することしきり。
それどころかわたしの場合「○○できないのは○○できないという観念のとりこになっているからなのだ」ってよく自分に言うことあるのだけど、それがそのまんま書いてあって、あれは倉多江美の影響だったのか! とコロッと忘れていただけに驚いた。
いやー長く生きていると一粒で二度三度と美味しい思いをするんだわ。