あれからトモジーは、わたしの姿を見るとハヤテのように去っていく。ササササと。わたしはなーーんも悪いことしていないのに。どっちかというと被害者なのに。

しかし懸命なる読者諸姉諸兄はお気づきだろうが、あの日一番気の毒だったのはサヤちゃんだ。なんせ、非モテの典型人をふたりも押し付けられたのだから。
その後職場に現れた前野さんの顔は、「オレはあいつに負けなかった」という、非モテ同士ふたりが火花を散らしあった後の充実感をたぎらせた顔だったので、人事ながらゲンナリした。
そして改めてサヤちゃんに悪かったなぁ…と思った。
そのことを、幹事でもあり、わたしの親友でもあるuuuさんに言うと

「平気よぉ、サヤちゃん大人だから。」

とやけにあっさりしている。
そうかなぁ？　
それでも、蒸し返すようで悪いとは思ったが、サヤちゃんにも謝らなくてはと思いそうすると
「あ、平気ですよ。なーーんも思ってませんから」
とこちらもあっさりしていた。

そういうことで、とりあえず一件落着した。
飲んだ後、というのは、こんな風にいろいろと反省点が生じるもので、あとになって客観的な第三者に検証を仰ぐこともある。
「ね、あたし、どうだった昨日？　へんなこと言ってなかった？」てな具合だ。
この前同じことを聞いたら
「なんかね、『おまえの、地底はどこにあるんだーー！！！』ってわめいていたよ」とのこと。
さっぱり分からない。しかし、これくらいならポカのうちに入らないだろう。

さてさて、日々はシラフだろうが酔っていようが続いている。
もうすぐバレンタインデーだ。
金曜日は、入りで夕方出勤の前野さん、どっかのゲームセンターで取ったという、苺のカールだの苺のポッキーだの苺のチョコパイだのの袋詰めを、サヤちゃんがひとりでいる時に持って来た。
一言、「取ってきた」、と言いながら。

袋は透明で、しかもふたつあって、「ほんとは６個取ったんだけど、とりあえず２個だけ」とかで、両手にぶら下げて来たため、狩ったウサギを両手にぶら下げて自分の狩猟の腕前を誇示し、婚姻の儀式にもって行こうとしている、旧石器時代の男を連想させた。

一方、サヤちゃんは、それを見て歓声を上げるでも、微笑むでもなかった。
彼女は彼女で、太古から続く女の本能で、無反応を選んだ。
かといって、ことさらツンツンしたり馬鹿にした態度を取るわけではないのが、彼女の「大人」なところで、彼女は、あくまで仕事遂行の態度を、きちんと取っていた。
前野さんの死角にいたわたしは、このままだと前野さんに気づかれるので、柱の影から出て行って
「あらーー　すごーーい、苺だらけ。美味しそーー！！　どうしたのこれ？」
とわざとらしく聞いていた。

それからしばらくして、皆の帰る時間になったのだが、袋は誰も空けないままズドンと置いたままだった。これがホントのウサギだったら、腐敗が始まってやばいところだ。そのままにはしておけない。苺菓子の透明な袋詰めは、腐りはしないものの、なんだか気まずさを発散していた。
いたたまれなくなった前野さんは、とうとう自分でウサギの内臓をかっさばいて、皮を剥ぎ肉をとりわけ始めた。
一番肉を与えたい相手、それは彼女であるが、彼女は知らん顔をしていて、差し出すに差し出せない。仕方がない、こいつにやっとくか。
ということなのか、なぜかわたしに向かって「あ、開けないと食べづらいよね、どうぞ、食べて」と、袋の開け口を差し出したのである。

まったくもって迷惑な話である。なぜなら、第一にわたしはダイエット中。なのにものすごく美味しそうだったから苺チョコパイ食べちゃったじゃないか。どうしてくれるんだ。しかも二個も。
第二に、それを見ていたサヤちゃんに「どうして食べるんですか？！」とあとで怒られた。
これは、「あたしに持ってきたのに食べやがって」という怒りではなく、きれいさっぱり前野さんの行いを無視し去りたいと思っていたのに、そして二度とそういうことをさせまいとしていたのに、よけいなことすんなよ、という思いからであろう。
もーー知らないよそんなのー　悪かったねぇ食べて

しかしあとになって思うと、入りは夕方の4時であるから、前野さんは4時までの間ゲームセンターで時間を潰しながら、ひたすらにサヤちゃんのことを考えていたに違いない。その日、入りに申し送りをする「リーダー」がサヤちゃんなのも、もちろんチェック済みだ。考えて考えて何時間もムキになってゲームをしているうち、一袋700円はするであろう菓子袋を、とうとう６個もGETしていた…。
結果が先か目的が先か分からないが、彼はそれをサヤちゃんに与えバレンタインデー前の布陣とし、決戦に備えようと決意した…。

無駄なことを…。

☆　　☆　　☆　　☆

さて、しかしそれらはわたしにとってヒトゴトである。サヤちゃんが誰にチョコを上げるのか上げないのか、そんなことまで知らない。けれど、前野さんに義理チョコでも上げてやってくれないか、とは思うが。
というか、え？　わたしも上げるべきひとり？
そういや、苺チョコパイばかりでなく、前野さんにはずいぶん物を貰っている。
故郷宮崎の日向夏とか。宮崎土産の「モンキーちゃん」（そてつの実製）とか。宮崎銘菓のなんとかとか。あと携帯にminiSDカードからたくさん音楽くれたし。
うーーん、チョコ、上げた方がいいのかな…　なやむ…

　

（貰ってるってもダシに使われているだけなんだけどね。モンキーちゃんなんかどうしてあたしにくれるのよ？　ったら他の子にあげるための足がかりで。それでも感謝は感謝でするけどぉ）