１、２週間前に達也が言うのは、俺は今月中にも家を出る、池袋あたりにアパートを借りる、一人暮らしを始める、ということだった。しばらく以前から賃貸情報誌がこれ見よがしに転がっていたので、いつかそう来るんだろうとは思っていたものの、実際に言われてみると、ひゅるるるる…と秋風が吹きぬけたようだった。

一人暮らしは金ばかりかかって暮らしの奴隷になるだけだよと、達也が好むザ・バックホーンの歌詞にならって思ったり、でも一般論として自立してもおかしくない年齢なんだろうと思ったり。けど一番大きいのは哀しいなぁずっと家にいればいいのに、という気持ちで、でもそれを口に出して本人の決意が鈍ってはよくない、それにベタベタしていると思われても…と思い、「やっぱりね！　雑誌転がっていたからそうだと思ったよ」と答えた。

以来心の中までひたすら秋だ。
達也に最後にあげようと、ネットで炊飯器や洗濯機や冷蔵庫を眺めた。炊飯器は圧釜でIHで中までふっくら！　なのが主流だ。どれも前面に大きなパネルがあって、全体に四角くロボットの頭みたいなデザインなので好みではない。ブンブク茶釜みたいなデザインならよかったのに。

その点、洗濯機や冷蔵庫のデザインは特に文句のつけようはない。
でも家電以上に必要と思うものが浮かんでしまって、たとえばそれはお茶で、緑茶の成分カテキンはガンを強力に予防するから、ポットと急須と蓋付き湯のみとお盆とお茶を、一式持たせたい。
お茶だけでは、たぶん飲まない。物よりも、生活習慣が一生モノの財産だったのではないかと考え出すと、落ち込む。
今更お茶セットを渡しても「いらねー」とか言われそうだし。

その調子でダラダラと見ていたら、四角くデザインしてあるLapis lazuliのネックレスをみつけたので衝動買いをした。
石の色がとても深い青で、台座の銀に厚みがあってアンティーク風の細工がしてあり、わたしの場合繊細なデザインはまったく似合わないので、適度な無骨さがすごくいいのだ。
それにしてもLapis lazuliという言葉をどこで覚えたのか思い出せない。
『耳をすませば』でないことは確かで、『耳をすませば』よりもっと昔だ。文字で読んだのではなくてラジオで誰かが言っていた。女性の声だった。松任谷由美かなぁ？　それでは当たり前すぎるんだけど。

「古代エジプトでは神が宿る石として限られた人のみが見に付けることが許された貴重な天然石です。ラピスリングを身に着けていると、危険から身を守り、幸運を呼び込むといわれているパワーストーンです。」
わたしはバリバリの無神論者になれるほど強くないから適当に神頼みするわけで、でも特定の宗教はどんなやつにしろもちたくないから、とりあえず今は深い青のLapis lazuliでわが身を飾っておこう。