夫、義母、いい子は家で
行き先は大分県で、移動手段はだんなっちの運転する車だ。最初は新幹線で行くつもりだったのに、大型のレンタカーを借りていけば、ガソリン代、高速代込みでも、新幹線よりも格安だとだんなっちがいう。即座に賛成しなかったのは、いくら格安でも、その分運転手は大変な労働となるし、隣に座っているこちらはこちらで気を使うことになるし、事故の起きる確率を考えたら、新幹線が一番おきにくいと思ったからだ。車のメリットは、込み合う電車の中で押し合いへし合いにならず、マイペースに過ごせることだ。新幹線で押し合いへしあいを避けようと思ったら席の予約しかない。しかし5人分の席を予約となるとかなりの金額だし、日程の組み方次第では、自由席でも座れるらしいので、予約にこだわるのはやめていた。
とはいっても、関東から大分までの長距離ドライブはだんなっちも初めてで、不安ではあったのだ。
それでもドタバタしているうちに旅行の日になった。その日はわたしは日勤だったので、夜に出発予定であった。夕方仕事から帰り、あわただしく夕飯を作っていると、なんとだんなっちのおかあさんから電話がかかってきた。
概要を述べると、長距離ドライブは無謀だからやめなさい、という話であった。
しかも、車で移動する案はわたしが出したことになっていて、わたしが鞭をふるってだんなっち(顔が吉田照美に似ているので仮名テルテル)に無理やり運転させるみたいな構図になっている。冗談ではないことオビタダシイ。テルテルはもともと自分が運転好きだからあえての長距離ドライブを選んだのである。対してわたしは繰り返し新幹線案を提唱しつづけたのだから。それをどうしてわたしがってことに?!
もう数年前から義母とは話せばバトルモードになりがちだったのだが、これにはまたまた本気で切れそうになった。
と同時に、今読んでいる『いい子は家で』が頭に浮かんでしまい、まさに、あの一見優しそうな、けれど家のカギをぜったいに自分以外に握らせようとしない、読みようによっては支配欲の塊であるあの母親こそ、この義母にそっくりだと思えますます憎悪が募った。
そしてわたしは言ってやったのである。
「心配ばかりしていないで、もっと息子さんを信じてあげたらどうですか?
車で行くことは、テルテルさんが自分で選んだことなんですよ」と。
こう文字で記すといかにも穏やか調であるが、ほんとうの口調は「このボケ!ドタマくるんだよ!」くらいのニュアンスに満ちたものであったことは告白しておく。すると義母は「そんなこと言ったって心配なものは心配なのよー」と、ほぼ悲鳴を上げていた。
この息子を信じるというフレーズは、実は去年うちの息子に言われたものなのだ。用法としては「どうしておれを信じないんだよ」というあたりである。しかし信じるという言葉は難しい。なんでって、信じるのはとっくに信じているつもりなのだから。けれど本人にはそうは受け取れていないということは、やはり信じていないのかもしれなかった。これ以上どう信じればいいのか方法が分らないながら、ともかく「わかった信じる」と結局答えていたのである。
残念ながら義母には、信じる、という言葉が持つ呪力は通じなかった気配であった。
「心配なものは心配」で押し切るとは流石である。
わたしとて、年がら年中心配しているタイプなので、この気持ちは非常によく分り、むしろ、心配すなわち親の愛と言っても過言ではないとは思う。が、違う親の愛もあっていいのではないか。心配のあまりあれもこれも禁じるのではなく。
『いい子は家で』は続きが読みたくて止まらない、という本ではないので、安心して1/4を残したまま旅行に出た。
そしてテルテルは恐ろしいことに、何十時間もの運転中何度も「眠い」*1とウトウトしかけてやんの。おそろしい。
何がって、義母の心配のとおりになって義母の術中にはまりその支配圏から出られなくなることがおそろしい。不当な支配からは、いや、正当な支配からも人は脱していかなくてはならないと、わたしは考えるものである。