家族の絆、という言葉をもてあそぶ人たち

またまた今日、とんでもねーニュースを見てしまいました。

選択的夫婦別姓に異論 自民有志、25日に「絆」議連設立へ – 産経ニュース

 自民党の有志議員が、家族や地域社会の絆を重視する議員連盟「『絆』を紡ぐ会」(仮称)を設立することが17日、分かった。25日に講師を招いて初会合を開き、選択的夫婦別姓などの問題点について議論する。

発起人には高市早苗前総務相や山谷えり子元拉致問題担当相、片山さつき元地方創生担当相らが名を連ねた。設立趣意書では、新型コロナウイルスの影響で家族の在り方などを考える機会が増えたと指摘。「地域社会の絆、家族の絆など、わが国の更なる発展のための政策を検討すべく設立する」とした。

と、選択的夫婦別姓へ向かっている流れをせきとめる高市さんら。

この制度が実施されたところで、夫婦同姓を選ぶ人は居ます。それなのに、なぜ選択肢をゼロにしたいのですか? なぜそんなに人から自由を奪いたいのですか?

「新型コロナウイルスの影響で家族の在り方などを考える機会が増えた」というのは、

データえっせい: コロナ渦の影響を受けているのは誰か のデータにあるように、「女子中学生では(前年の)4倍,女子高生では7倍」が自殺しているという、コロナが見せつけた家族の闇を指してのことでしょうか?

このデータには自殺した女子中学生高校生が住む住居の、一人あたりの面積が出ているわけではないので、推理になりますが、もし、狭い住居で4人も5人もひしめいて住んでいるのだとしたら、それは家族の在り方などいくら考えても、無駄ってことです。

物理的に人間の精神の限界を超えているからです。

多くの家では、それでも誤魔化し誤魔化し生活しています。もろもろの工夫をしながらも、やっていますが、お互いの生と性がギシギシこすれ合うような家庭では、何が起きても不思議はないでしょう。それでも、コロナでさえなければ家の外という逃げ場はあったところを、なくなってしまったのが大きいのです。といっても、具体的に家庭で何が起きたかなど、それは誰にもわかりません。

「絆を紡ぐ会」の人が考える「家族の在り方」など滑稽でしかありません。せいぜい自分の家族のことだけ考えててください。

狭い家の中じゃ、家族の在り方もヘチマもないんですよ、最初から。

参照したその他のサイト


住生活基本計画における居住面積水準

厚労省の定める「最低居住水準」(世帯人数に応じて、健康で文化的な住生活の基本とし必要不可欠な住宅面積に関する水準)と、「誘導居
住面積水準」(世帯人数に応じて、豊かな住生活の実現の前提として、多様なライフスタイルを想定した場合に必要と考えられる住宅の面積水準)

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