ジャーナリズム、その中心と可能性。はあるのか?
ケーブルテレビでアメリカのCNNニュースを時々見ると、「ジャーナリズムは民主主義の基本!」と何度も言っている。
鼻につくような自負をいっぱいにして、我こそが民主主義の中心だと叫んでいるのだ。
確かに、情報がなくては判断のしようがなく、投票行動に差し支えるから、それはそうだと思う。
ただ、それはジャーナリズムがちゃんと機能している場合だけだろう。
アメリカはどうか知らないが、日本の場合、いくつかの不安点がある。たぶん何度も同じことを繰りかえし書いているので、退屈だと思うけども、テレビのニュースにしろ、新聞にしろ、次の点を点検したい。
1:政官財から自立しているか。政官財から報道の自由を確保しているか
2:何をどう世論誘導しているか。「偏向」の仕方と度合い
3:現時点までに出て来た問題点を継続的に、取材、報道しているか
4:何を伝えることにしているのか、はっきりしてほしい
1は、広告費をたくさん出してくれる金融会社の批判が書けず、多くの自殺者を生むなど、問題が大きくなった。昨年、よくやく法律が整備されたので沈静したが。現在は、製薬会社の批判ができないことなどが、有名である。NHKの場合は、制作費を貰う関係(かどうか?)自民党との関係。
2は、現実問題、完全に偏向しないことは難しいと思われるので、その度合いのチェックが必要かと
3、思えば安倍晋三の求心力はものすごいものがあって、彼のお陰で昨年は政治への関心が多く集まったが、今はそういう黒アイドルがいなくなった。それはそれでメデタイ。しかし人としての中心はなくなっても、関心としての中心はいくつかある。
その代表が「厚生労働省」。
「厚生労働省」は年金問題、薬害問題と、起こした事件の大きさ、人道的な非道さ、巨額の税金の無駄遣いと、ほっとけない大問題の元凶となっている。何か解決したわけではないので、この後も物忘れしないで、強烈に取材、報道をしてもらいたいと、つくづく思う。
4、ジャーナリズムに何をどれくらい求めていいのか、どうもハッキリしない。ことにテレビの場合は、「CMを流すために始まったテレビ放送なので、真実を追究する義務はない」という、見解もあるほどだ。
まーそういうことならそういうつもりになるしかないが…
しかし、ジャーナリズムの側にだけ正義感や大きな信念を期待してもムダだろうなと思う。
「世論」(どういう形でかの)との相互関係(どういう形でかの)を生かそうとするメディアが、これからは、花マルか。