友人のNが副主任になった。辞める前任者の跡を継いだのだ。


Nが前任者のOの送別会を開こうと言い出したのが今月の始め頃で、Nが副主任になったのがその翌週だったから、送別会の主旨は「さよなら前任者」で、まだNの新任のことは含まれていなかった。送別会の幹事をしたのもNだ。もとからNはそういうこと–声をかけて人を集めたり、場所決めや予約、当日の集金–が得意で、すべての作業をぬかりなく最後までやり遂げる人だ。
話は逸れるが、幹事というのはやっかいな仕事で、わたしも二、三度引き受けて見事失敗した。ある歓迎会では人が集まらず、というか「なんであいつの歓迎会をやるのか。あんなやつは最低だ」などと予想外の攻撃を受けうろたえた。そのあいつとは、新しく入ってきた不真面目系の30歳くらいの女性で、スタッフにかなり評判が悪かったらしい。とりたてて悪くは思っていなかったわたしは、「日々野さーーん、アタシの歓迎会やってくださいよー」と言われるまま幹事を引き受けてしまったのだ。歓迎会をやってくれと自分で言っちゃうあたり、かなり図々しいと思うべきなのだろうが、人に慕われるのも悪くない気になって引き受けたというわけだ。本来は、引き受ける前に周りの人に相談し「コンセンサス」を得るべきだった、ということだろう。まあ「コンセンサス」というか根回しというか。その彼女は歓迎会が宙に浮いているまま、辞めて行った。わたしの立場はどうなるんだよーー!!と軽い怒りも湧きつつ、なんかホッとしたものだ。他にも色々あり、「コンセンサス」については学習したものの、他の点はぜんぜんダメだ。生来的にダメだ。努力しようって気も起きないほど幹事仕事はダメだ。
話は元に戻る。送別会は無事に開かれそれは良かったのだが、去っていくOの挨拶が終わりひとしきり拍手やら涙やらが終ると、Nは新任祝いの花束を自分で自分に渡した。「新しく副主任になりました。よろしくお願いします。花束は自分で買って来ました」と笑っていた。
幹事仕事が得意にも、ほどがあるだろう。段取りが良いにも、ほどがあるだろう。
その時シラフだったら、「なんで自分で買うんだよ。あほか」と思ったろうが、そうは頭は回らず、ひたすらアルコホルで天井が回っていたのでボーーッとするまま「オメデトー」とばかり拍手をしていた。
その日から48時間か72時間か、いやもっとかな、過ぎた。
—-今回の会はOさんの送別なんだから、Nのお祝いとは別でしょうよ? Nは一人で先走りすぎなんだよ。待っていれば、Nのお祝いの会をしようと誰かが言い出すもんなんだよ。それを待った方がいいんだよ。そういう「溜め」があってこそ、本当のお祝いの気運が高まるんじゃない? 待っていれば、Nさんのお祝いしていないじゃない、しようよ、と誰かが言い出すものなんだ。誰が言い出すのか、NのキライなKかも知れないし、意外な線でLかもしれないし、いやもちろんわたしかも知れないけど(幹事になるから気は進まないけども)、必ず誰かが言ってくれるものだよ。もし、もしも誰も言い出さなかったら、それはそういう職場だってことなんだ。誤魔化したってしょうがないじゃない。それを、冷たい職場と受け止めるか、自分に人望がないからだと受け止めるか、他に要因を求めるか、それはその時にならないと分らないけど、その時までジッと待つ。待つ時間、何かが溜まってくる時間、というのがあって、たくさん溜まって一杯になってパンと弾けた時、はじめて本当のお祝いの気持ち、お祝いの場、というのが生まれるのじゃないの?
そんなふうにNに言えるか分らない。今さっきそう独語していただけだ。「これだからマニュアル世代はヤダナー」とかも思ったけど、マニュアル世代とか、そういう角のたちやすい寸評は避けつつ、ひとり喋っていた。「なんでそんなことも分らないのか」と思いつつ、ケンカになるのは好まないから、そういう批判は避けつつ、ひとり喋っていた。「頭でっかちなんだよ、人間とは理屈じゃないんだよ」とか言ったらあまりに中年の説教くさいから、そんなのは避けつつ。といっても、声には出していないのでさほど重症ではないかと思う。
頭の中で「独語活発」だ。
ちなみに「独語活発」とは、せいしんのカンゴ記録に時々出てくる四文字表記。どういう脳の回路のせいかわたしには分らないが、病気で独り言が止まらないでいる人がいる。みながみなではなく、たまになので、元からの性格も関係しているのだろう。独語も活発すぎるとうるさいから騒音で、迷惑なので止めるように注意することになる。薬を服用していただくこともある。独語くらいいいじゃないかって時が大半なので、基本ほっておく。
病気でなくても年を取ると独り言を言う人って多い。自分ひとりの時も言っているのか知れないが、誰かと一緒に働いている時もそうだ。いちいちと応答を求める会話が億劫でありつつ、かといって黙っていると気詰まりだからかと思う。若いときは、そういう相手を見ていて「何か答えた方がいいのかな??」と焦っていたものだが、だんだん自分も年を取ると、そんな相手はほっておくのが一番なのでそうしている。たまに「独語ですか?」と尋ねると「そうなのーーおばさんっていやねー」と楽しく答えてくれる。そういうのを真似するようになってきた。
とはいえ…………な。
突然つづく→