ベイビィ、ワンモアタイム / 南綾子
かなり以前に読書系ブログで感想を見かけてこりゃおもろそうだと勘が働きネットで注文したものの、いろいろな出来事があって読む時間が取れないでいた。休日の今朝、ヨミウリテレビにチャンネルが合わないよう注意ぶかくリモコンを持ちながら(またテリーさんに難癖をつけたくなったら困るので4chは避けている)テレビを見ていたら、「鳩山辞意表明」とのテロップが流れて、このあとナントカ会議で鳩山さんが「自分の思い」を全部語る、との事だった。テレビ画面では、鳩山さんが不躾なマスコミ人に対しても礼儀正しく、二度ほどお辞儀をしていた。この後、その「思い」ってやつを聞いてみたい気もしたけれど、何を言っても今さら遅いと思えて、リモコンでテレビを消した。
普段はどこかに紛れて手元にないリモコンが、今は側にあってよかった。テレビに向かって手を伸ばして、映像と音をブチッと消し去る時、まるで魔法が使えたようだった。マスコミという巨大な塊を選べないならせめて、目の前から消せるスイッチだけが唯一の選択の自由だ。そんなで、テレビを消して時間ができたので、読み損ねていた『ベイビィ、ワンモアタイム』を読めた。
って以上、ちょっとだけ『ベイビィ、ワンモアタイム』っぽいマインドで書いたつもりなんだけど、どうだろう。たぶん成功していない。なんといってもわたしのマインドはあくまでも「戦後民主主義」チックなものだし、文化で言うと、24年組少女漫画(以外にもいろいろあるけど)からの滋養で成り立っているのに対し、この1981年生まれの作者による登場人物たちはいわゆるロスジェネというのか、何ものにも保護されることのない神経むき出し状態なので、自分の肉体、自分の感情という大自然に翻弄される野生の王国さながらで、これならホンモノの野生動物の方がよほど秩序だって品がいいだろう。
この登場人物たち、しばらく読んでいてすぐに気づいたのは、わたしの職場にいる30代の女たちにそっくりだということだ。お互いに馬鹿馬鹿しく張り合うくせに、ビットリとくっついて離れず、理科の授業なみに他人を観察してはそれについて話し合い、異種なるものを意地悪く排除する性質。下調べ、嘘、戦略ばかりで著しくナチュラルさに欠ける。彼女たちには、何が正しい何が悪いなどという価値観はほとんどなく、その場その場でもっとも自分に有利な展開にもっていき、世界を自分の思う形に練りこめればそれでいい。最初彼女たちを嫌悪していたわたしでさえ、あまりに天晴れにそれを遣り通すがゆえに、なるほど、そういうのもアリなのかとだんだん感心してきた。今まで自分は、それなりに他人に対して思いやりのある人間だと思っていたけれど、彼女たちの独特な他人への関心の持ち方と手法を見ていると、自分は冷淡な人間なのかもしれないとすら、思うようになった。
彼女たちは「ロスジェネ」の中では、勝ち組もしくは生き残って来た組に違いない。勝ち残れず、あるいは生き残れなかった組もいて、そういう人たちはどこで息をひそめているのだろうかと思う。あの中で生き残るという事は、ああいう風土の中で共存するということで、たぶん自分なら無理で逃げ出していた。
せめて世代が違うがゆえのクッションがあるのが救いだと、つくづく思う。
ひとりひとりは、実にナイーブで気が優しいので個々の人はキライではないが、彼女たちが集まる場所のオーラはすごい。
そんなで以上、直接はこの小説と関係のない話になってしまったけれど、その分ネタばれはしなかった。
○○とセックスがしたい、という明確な欲望が出てきたときは、(○○はわたしの伏字)それがこの小説の背骨、求心力になるのかと一瞬思ったけれど、別段そうでもないあたりがいよいよスゴイところだ。その感覚は、24年組少女漫画育ちだと到底出てこないものだ。また、かなり最後の方までは、まるで日記みたいで、日記を小説の体裁にしただけに見えたけれど、最後の方でなんか小説チックな仕掛けっぽいものが出てきて、「えーー!!そうだったのか」と感心したのだけど、こういう小説はあまり仕掛け仕掛けしても失敗作になりそうだから、これくらいがいいかもしれない。
この小説が描く恋愛感情は生き生きとして、まるで自分に憑依してしまうほど真に迫ってきて上手だった。もっともここに描かれているのがいわゆる恋愛なのかは怪しくて、あえて言えば恋愛とか恋、とでもいえるだろうか。それは、どんな偉大な文学の先人のお手本にも、あるいはどんな商業的成功者の成功例にも導かれず、教育されない、もっとも汚れなき姿といえるかもしれない。
しかしどうなんだろう、おばさんのわたしはともかく、同世代の女性がどう受け止めるのか?
あるいは嫌悪感で読み通さないではないかと心配になる。嫌悪感があっても、そこを押すことで心は成長するもんだし見えてくるものがある。だいたい読書とは必ずしも快感ではない。
なんていう道徳チックな話が彼女たちに通用するのか、自信はないけれど…
しかしそれ以外の世代の人にはわたしは、読むといいよと推薦したい。とてもリコメンドな一冊だ。