『親』by古井由吉

患者氏と図書室に行った時に、自分もついでに借りた本。

借りた理由は、書き出しの文章—

 病院の往き帰りに、岩崎は夢から覚めた心地で道の左右を見渡すことがあった。夢ではないしるしに、半歳を過ぎた子が腕の中にいる。場所はきまって立体交差の、陸橋のたもとの停留所だった。

に引き込まれたから。

自分の本の選び方は毎回こうで、最初の数行に目を走らせて、心惹かれるかどうかで決める。そしてまさに、この数行はわたしの心にジャストミートしたのだ。

そんなだから、予備知識も何もなしに読み始めたのだが、意外なことに、描かれる事柄がわたしのいる世界(精神科の病院なんだけど)の描写に多く割かれていて、文章に長く寄り添う楽しみとは他の興味深さも味わえた。実際問題、この本を読んで初めて、「自分のいる場所ってそういう場所なんだ」と得心したほどだ。

夫婦の愛憎の、微妙な襞が細やかに描かれている。いったい何が起きたのかは、長い文章の折々に挟まれていて、周期的に集中力の途切れるわたしには、完全に把握はできないのだけど。だからといって面白くないわけではなく、とても面白かった。でももっと短くてもいいかな? 中盤以降、細かく、くどくなりすぎ。

初出:『文体』昭和54年3月号~55年6月号
発行:平凡社 初版:1980年12月10日

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