わんわん!!1票しかない力だけど

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前回がらにもなく「国民一丸となって」などと書いてしまった。

読んでいた『フィンランドはもう学力の先を行っている』の最後の方に書いてあったためだ。
なんでもフィンランドも、今から40年前まではおちぶれ国家で瀕死の状態だったらしい。それを、「国民一丸」となって問題に取り組んで改革していったそうだ。
人口が少ない(543万人)から小回りがきいてやれた、というもあるだろう。少子高齢化の中1億以上の人口を擁する日本とは違いすぎる、とは思うが・・・

言うだけ言ってもわたしに何か力があるわけではない。
というか、あっても1(票)の力しかない。

わたし以外の人ならどうだろう? ネットには、素晴らしい人が幾人も輝きを放っている。
素晴らしさには、賢さ、博識、表現力、見識の高さ、行動力、他者との関わり方などさまざまある。

それでも、力としてはしかない。

輝きって力じゃないんだなと思う。

力とは、数。

そう考えると、多様な価値観と細々とした嗜好や思考の違いがある(その上に勘違いと思い込みが盛られる)から数という力を発揮するのは、簡単じゃない。

しかも、若者の場合は、仮に全員が投票したとしても、高齢者には数で勝てない、という。(参照:さあ総選挙 若者よ投票に行こう!―世代別一票の重みの格差是正― | シンクタンクならニッセイ基礎研究所 ←の真ん中へんのグラフ)

その点を是正するために、いくつかの投票方法が模索されていると聞いたことがある。

たとえば、余命を一票に反映させるとか、あるいは、子どもがいる場合、その子の分も票に何パーセントか上乗せするとかだ。あるいは、A地区では20代だけが投票できるとか、B地区では40代だけが投票できるなど、一見荒唐無稽にも思えるアイデアが複数あるそうだ。(メモし忘れたので、詳細不明)

 

あと他の方法としては、高齢者の方々に、若者世代の窮状を訴え、投票行動に反映してもらうとか。

やってもいいけど、人間いくつになっても未完成だっていうからな~


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