太陽へ、地下を抜けて(映画『太陽』をみにいった話)

涼しくなってきたので休日に『太陽』を観に行って来た。

いくら涼しくなったとはいえやはり銀座の映画館は遠くて、それに行き方が不明確で、途中「永田町」で降りてしまい無駄な時間を過ごした。というのも、わたしが乗ったその地下鉄の路線には「銀座1丁目」はあっても「銀座」がなく、「銀座」もしくは「東銀座」で降りろという銀座シネパトスの案内の通りにしないと不安だったためどうしても「銀座1丁目」ではなく「銀座」か「東銀座」で降りたかった。

どうせきっと「銀座1丁目」も「銀座」も「東銀座」も徒歩数分内の距離だろうから、実はどこで降りても同じだろうとは分かっていても、方向音痴ならではのトラウマが映画館がみつからなかった時の恐怖をカンカンと警告するのだ。

そんなで永田町だが、降りてすぐ「降りたの失敗」だと悟った。目的から外れたコースに迷い込んだ時のお呼びでないミジメな感じをヒシヒシと味わいながら、それでも、これから観る映画が天皇を素材にした映画なのを考え、この際「永田町」の地上に出てみるのも悪くないんじゃないかと思い、出てみることにした。
そうしたら、じゃじゃじゃーんゴジラ映画でおなじみの国会議事堂がドーンと…
というなら少しは感激しただろうけども、実際は何だか分からない大きな建物の前に出てしまって、案内板を見ると、その建物は「参議院会館」というやつで、交差点を渡った左にあるのが国会図書館なのだった。つまり、映像的にかなりイマイチな裏っかわな場所に出てしまったのだった。

そんでもあたりに漂う空気は充分に国家権力の臭いがしていたので、まーそれを嗅げただけでヨシとするかと。

「永田町」の地下に戻ると、わたしが向かったのと反対方向にものすごく長く地下が開けていて、そっちへ行ったら「銀座」に行く地下鉄に乗れたのでそれは良かった。しかし、いつのまに東京の地下はこんなにも複雑に入り組んで、なおかつとてつもなく深くなってしまったのだろう? ホントに地底都市かっつう深さで、うかつにエスカレーターに乗ろうもんなら、100メートルくらい上か下かに運ばれるわけで、ふっと上か下かを見ちゃった時の恐怖ったら。とくに大江戸線。あれじゃあ豊島園のパイレーツとかシャトルループの方が安全ベルト付ける分安心で、高所恐怖症の人はもはや地下鉄にも乗れないのか?
そんなで、エスカレーターのベルトの手すりにガシッとしがみ付き手が疲れたうえに、東京の地下には一代都市がもう一個できているというアンバイで、やたらめったら広いので足が痛くなりタクシーに乗りたい気分だったが当然地下には車は走っていないわけで歩くしかない。こうやって都市から、足の弱い人、高齢者、閉所恐怖症、高所恐怖症、暗所恐怖症が徐々にスポイルされているのだろう。

映画館自体は、案内の通り「銀座」のV6出口から出たらにすぐにみつかった。
大きな看板が出ていたのですぐに分かった。
その映画館はちょっとした裏通りにある妙なつくりの半地下で、少し前ならさぞやアヤシゲだったろうと思わせる戦後の闇市の名残りじみたものを連想させるものながら、キレイに掃除されていて清潔な印象なのと、チケット売りや映画館の案内役が女性だったので、不安な感じはほとんどしなかった。

観ようと自分で決めたとはいえ、素材が戦争だったり昭和天皇だったりするので、道すがら何度も「かえろっかな」と思っていた。それでかなり気鬱で晴れない気分だったのだが、上映時間、というか整理券で整理する都合の集合時間が近づくにつれだんだん人が集まって来て、チラチラと見ると驚くほど多様な世代の人々がいる。80過ぎくらいのかなり高齢な人もいるし、70、60、50代も多いし、わたしくらいの女性や男性、さらにごくごく若い20前後の男女もいるのだ。地下や銀座を歩いている時は通り過ぎる人々があれほど遠くによそよそしく見えたのに、こうして見るとみなステキないい人ばかりに見えるから不思議だ。

しかも中には、そこらでは滅多にお目にかかれないタイプの人が多くて、特に目に焼きついたのは、映画館の前の小さな喫煙所に、回が終わって出て来たロックな感じのおバアさんだ。銀髪の短髪、猫のTシャツ、Tシャツの下は黒のスパッツ(今はレギンスというらしいが)、かっこいい大ぶりのグラサンを掛けている。おバアさんはどっこいしょと小さな据え置きのスツールに腰掛け、今観たばかりの映画の余韻をかみしめる風にタバコをプカーとふかし出した。新しく封を切ったタバコの箱はフィリップモリスだったから、まずいタバコは吸いたくないか、比較的金に困っていない層のおバアさんなのだろう。
わたしはといえば、その小さな顔に浮かんだ映画の余韻から、これから観る映画への期待を高めようと思ったのだけども、どう見てもおバアさんの顔に映画への満足感は浮かんでいなかった。
かといって、不満感も浮かんでいなくて、喜怒哀楽の、どの感情も浮かんでいるように見えなかった。

それでいて、やはり何かが浮かんでいる顔なのだ。

わたしがいる所は半地下の階段部分なので、上から見下ろすような角度でロックなおバアさんを見つづけていると、おバアさんの隣に若い女子がやって来て、タタタとすごいハヤワザで携帯メールを打った。そこへおバアさんは、何事か話し掛けたのだ。若い女子はタタタを切り上げタバコを取り出し、おバアさんへの返事を何かした。

おバアさんは一体何を話し掛けたのだろう。今観た『太陽』についてではないだろうか。

最初やや硬い表情だった女子も、だんだんと愛想笑い混じりだとしても嬉しそうになっていろいろ答え、タバコを吸いながらうち解けたように相手をし始めた。

タバコを吸うってこうやって人と集えるっていうメリットあって、ついでのように何か話が出来る。わたしはもう3年前にきっぱりタバコはやめているから、もう吸えないというのもあって、それにロックなおバアさんとならわたしも話がしたかったというのもあって、若い女子にちょっとしたシットを感じつつ、交わされているだろう『太陽』の話が聞きたかっただけど、距離が遠いので無理だった。

それでも、いい光景を見たなぁ…と、気持ちが明るくなった。

しばらくして時間が来て、話には聞いていたけど、ホントにホントに小さい映画館に入った。