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柳沢伯夫厚生労働相の失言騒動が下火になったようだ。あれを最初に聞いた(読んだ)時は「15才から50才」と規定した出産可能年齢については内心検討したけど、機械部分については何も思わなかったので何が騒ぎになっているのか当初分らなかった。だって機械って傷みを感じないんだよ? そりゃあ、機械(人型ロボット)にも憎しみや怒りや嫉妬心等を含む感情全般を教え込もうとか、あるいはH目的ならもっと色々アダルトな機能を追加しようとか、より人間に近づけるために痛みの感覚も追加しようとか、さるスジの科学者とかロボット関係者は考えているのかもしれないが、そういう、好きこのんで趣味で加える痛みの機能をのぞけば、機械は痛みを感じない。それにもしもお産相当の痛みの機能を追加したとして、スイッチした途端に回路があちこちショートするわ、脳内チップはすっとぶわ、火花が飛んで火災が起きるわ、バッテリーはすぐさま切れるわで、壊滅状態になること間違いないので、ぜったいにやれないと思う。

柳沢大臣の発言は、あの世代の男性に特有の一種のテレ、もしくは禁忌意識で、マタグラを開いて膣口から赤ん坊が出てくるという、下半身の大事件であるお産という事態を、無機物に例えることで抵抗少なく語って少子化問題を彼なりにしのごうとしたものだろう、と、わたしはきわめて好意的に解釈した。のであるが、よくよく考えたら、リアルな現実を直視せずそんな魂胆でいて、少子化問題の大臣をやっていていいのか? である。
産むことは痛い。どれくらい痛いのかというと、一晩中腰や腹や背中を、殴られ、蹴られ、踏みつけられ、殺されかける痛み、といっても少しも大げさではない。それでもどんなに痛くても多くの場合産み終わってちゃんと生きているのは、遺伝子に組み込まれたあらかじめのプログラムの通り進行するからだ。それは死と似ていて、どんなに「死ぬのが怖い」「死にたくない」「ずっと生きていたい」と思っても、最終的に生き物は皆死ぬように、お産も、最終的には終わる。だから、こうやって生きている。

だからといって、「どうせ終わるのだから、いくら痛くてもいいだろ、『すべて世はこともなし』だよな」的に言われていいものだろうか。ことに日本はまったく無痛分娩が浸透していない。無痛分娩も、それこそ格差社会の底辺にいる貧乏な人は適用されない怖れがあるので、いちがいに推奨はできないので、軽はずみなことは言いたくないが、先進国と言われる国々の中で無痛分娩を行っていないのは日本だけだという。それに関して面白いエピソードを知っている。
わたしが若かりし頃、看護学校で産科の実習授業を受けていた時のことだ。
産科の実習は大変に衝撃的なもので、赤ん坊の頭があそこそこからニョキニョキ出て来たところを見たときは、気を失いかけた。それでも生命って尊くて美しわ、なんて思えるはずもなく、ひたすら苦しそうだしエグイしショッキングだしで、大変だった。
そんな中、産婦人科医であるところの先生が言うのだ。

「きみたちは青くなっているけど、いいかい? 皇后陛下はご出産の時本当に大変なんだ。だって未来の天皇陛下である天子様を産むのだからね。天子様は自分よりも偉い存在であるから、天子様を産むときに苦しいとか痛いとか口が裂けても言ってはいけないんだ。天子様を産むのに苦しがるなんて許されないんだよ。

そこへいくと、君たちはしあわせだ。
いくらでも苦しがったり、痛がったりできるんだからねぇ あはははっ」

あはははっって言われても… 勝手にしあわせにしないでほしいし…

その時はろくに意味は分らなかったけど、今思えば、お産を苦しがらないって、あり得ないというか、美智子サマだって雅子サマだってそんなことができたとは、到底思えない(とくに雅子サマの方)。それにそれで当たり前だ。
そんな奇妙な風習があるから、日本には「無痛分娩」はないのじゃないかと、考えてしまう。
といっても「無痛分娩」は腰椎麻酔もしくは全身麻酔を使用するものであり、先進国ではそれらの不自然さに対して疑問や反省が起き、ラマーズ法が生まれたらしい。これもまた正しいことだと思う。お産は病気ではないのだから。それにわたし自身、ものすごい痛みの中でギャアギャア喚いていたわけだが、そばにベテランの助産婦さんが来て、呼吸の仕方を「吸って吐いて」とリードしてくれたら、嘘のように痛みが消えた。それは奇跡かと思うほど。
お産とは、たぶん、ひとりぽっちでするものではないのだ。

痛い痛い言ったが、わたしはここも強調したいと思う。
であるから、お腹の子の母と父に該当する男女が信頼関係でもってふたりでお産を進行させるなら、必ずしもお産は辛くないはずである。もっとも、頭でそう考えてもいざとなると、現実のスゴサに圧倒されるわけであるが、それでも試みを貫徹するなら、ふたりにとって、そして生まれてくる子にとって何よりだと思う。
けれど、それくらい理想のとおりに行く女性、あるいはカップルはそんなに多くはないだろう。
しかも、無痛分娩という選択肢はよほどハイリスクでない限りほぼ100%ない。
つくづく日本って国は女性に優しくなくて不親切な国だなぁと思ってしまう。
それで思い出したけど、今朝の「芋たこなんきん」。主人公の夫徳永健次郎を演じる國村隼が飲み友達の男三人に、「男社会と見せて、実は女が牛耳っているんや」と言うシーン。國村隼は、顔つきや物腰に漂う凄みといい、それでいて心の奥底に潜んでいそうなセンシティブといい、『交渉人 真下正義』を見てめちゃ面白い役者だわっと思っていただけに、がっかり。実は女性が強いんだという論法をいきなり持ってきて、女性の不平感を無化しようとする魂胆みえみえ。以前からこのドラマ、人間の深さや悪意がこれっぱかも出てこない脅威のぬるま湯ドラマだとは思っていたが、より積極的に戦略化してきている。おーこわ

國村隼さんが早く「イモ蛸軟禁」を終えるといいな。
痛い痛いと経験談を語ってしまったが、それも絶対ではなく、個人差もあるということを、これから産む女性には付け加えたい。言語の説明能力には限界があり、意味するところを完全に制御できないのと、何でもあからさまに言ってしまったことを謝る。しかし、言語の宿命を考慮し、(わたしと違って)多くを語らずにいる慎ましさや優しさにつけ込む人が、最近すごく多くなったと感じる。語らないでいることは、それが「ない」からではないのに。

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