イブニング娘。恋の空騒ぎ


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17才の娘が、BFを紹介してくれた。
紹介といっても、さほど本格的なものではなく、夕飯の買い物から帰ってマンション下の自転車置き場から出たら、娘に呼び止められた。「お母さん、オダくん」と言うのだ。娘の向く方向を見ると、少し離れたところに制服姿の男子が立っていて、男子はここで「お母さん」が出てくるとは思わなかったらしく、しばらく止まっていた。
わたしも不意打ちをくらって、止まっていたので、しばらく見つめ合うことになったが、向こうの方が一瞬早く歯を見せて笑顔になり会釈してきた。
随分と歯並びのいい、真っ白い歯をした愛らしい笑顔の男子で、一昔前の作家(北杜夫とか)だったら、逆に「不健康」の烙印を押しそうだなとか思い浮かんだものの、ともかくひきつりぎみの笑顔になり、会釈を返した。
咄嗟の時に、気の利いた言葉が出てこないのはいつものことで、でももっとマシな何かを云えたらよかったのに。娘のBFに言うべきことは何か、釘を指すような一言なのか、それとも義母っぽいノリで親愛の情を示すべきなのか?
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娘は、それ以前から帰りが遅くて、わたしはしょっちょう「遅いよ、今どこ?」とメールしていたのが、それからというもの、さらに遅くなった。わたしは心配性な親なので、娘が部活などで帰りが遅いと、場合によっては迎えに行っている。迎えといっても、ミラとかタントとかR2とかの軽自動車でミセスっぽくサッソウと、ではなく、ちゃりんこだ。今くらいの季節ならまだしも、真冬だと本当にツライ。もっとも、こんな寒い夜道に女子高校生を待ち伏せる変質者はいないだろう、と思うのだが、それでも万が一異様に寒さに強いとか、完膚摩擦で皮膚を鍛えているとか、ホッカイロ100個で完全防寒しているとかのヘンタイがいないとも、限らない。
しかし不思議なことに、「紹介」をされてしまうとメールしづらくなった。遅いのはオダくんと一緒だからなのだ。
うーーん、どうしようかなー もう11時なのになぁと思っても、もはや打つべき言葉がみつからない。オダくんを警戒するのも、どうかと思う。これがわたしが高校生の頃だったら、BFと一緒だからこそ、早い帰宅を強制され、突然「門限」なんてのが八時頃に設定されたに違いないのだが、今は時代が違うのだ。

一方家にいる時の娘は、前年比400%増しという感じでしょっちゅうメールを打っていた。たまに音声電話の時は、喋りながらサササーーと家を飛び出して、なかなか帰ってこない。

わたしが今オダくんについて知っている2.3の事柄を挙げると、下の名前、娘と同じクラスなこと、野球部なこと。あと、気が付かなかったけど、坊主頭の伸びたやつだったこと。大会が近づけば本格的に坊主になること。そうと知ってからわたしは、末次郎が坊主とハゲの軽口を言いそうになった時「こらこら」と制止するようになった。何せ末次郎はハゲネタが大好きで、「♪負けないで」は「♪ハゲないで」等、なんでもハゲに変えてしまう。そんな母親に対し娘は、「べつにいってもいいのにぃルンルン」というノリで、とても楽しそうだった。
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いつまでも、そんなハッピーライフが続くかに見えたのも束の間。娘はそのうち、ため息ばかりつくようになった。メールは相変わらず打っているが、うずくまっていることも多い。鼻水をすすっている音も、よく聞こえる。
ある日曜日、あんまりため息をついているから、「どうしたの?」と聞くと、しばらくモソモソしているので、さらに駄目押しで「どうしたのよー」×3回くらい聞くと、

「ねぇオダくんのこと、どう思った?」とおもむろに聞く。
「どうって…そうだねぇ、爽やかな男子だと思ったよ」
「だよね、爽やかって感じだよね」
「爽やかじゃ、何かまずいの?」
「爽やかって感じで、かっこいいって感じじゃないんだよね」
「え? ダメなの? 爽やかだけじゃ」
「うーーん」
そしてさらに彼女が語ったことを要約すると、オダくんと娘は、他の男子を含めて「四角関係」にあるのだという。その四角には、他に女子がいるのかと尋ねると女子はいなくて、男子三名とともに形成された四角関係なのだ。
「え? 何それ? すごいモテ期じゃん?」
「あ、の、ねー! モテ期って言葉、嫌いなんだけど。モテ期なんじゃなくて、あたしはモテるの!!」
「そらすみません。うん、モテ期じゃいずれモテなくなる、ってことだもんね。嬉しくないよね」
「そうだよ」
なんとも、我が娘ながらいい気になっている感がなくもないが、ともかくその四角関係はどうなった?
と追求すると、四角関係の中には、オダ君の他にも野球部員がいて、その男子は部室内でオダ君に、
「お前、シアワセなんだから、あっち行けよ」と、冷たく言い放ったという。
もともとイジラレキャラであまり闘争型ではないオダくんは、それですっかりめげてしまった模様。
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「あーわかるわかる。やきもちね。だけどさ、それは公私混同だよ。部室から出てけなんて言う権利ないでしょその人に。感じ悪いヤツだねぇ」
と、とりあえずオダくんの肩を持つ立場で、ひとしきり感想を述べたが、難しいもので、彼女はこれらの感想に同意することはなかった。まるで、何もわかっちゃいないネ、このオバサンは。とでも言うように。
そうなると、これといってアドバイスめいたものは浮かばず、人間関係の圧力で素直に女子と付き合えなくなったオダくんなのだろうと、せっかくオダサイドに立ってやっているのに、何だよ、という気持ちになって、辛辣なことを言いそうになってきた。「オダくんもさ、しょせんその程度のオトコってことなんだよ。からかいとかシットとか、跳ね返せないなら恋愛なんかするなって。もう見切りをつけた方がいいね、そういうのは」

しかし、「その程度」とか言って怨まれても厭だし、娘が不機嫌になると非常に面倒なので黙っていることにした。

それから数日間彼女は、山ごもりでもするように、滝に打たれる修験道者のように、取り憑かれたようにメールを打ちつづけた。そして誰かから返信が届くと「安室奈美恵」の「Baby Don’t Cry」が鳴った。来たメールはすぐに開くので「Baby Don’t Cry」はすぐに途切れ、ベビドンベビドンベビドンという感じだった。そうそう、テレビドラマでヤマピーが長澤まさみへの恋心が叶わず、「もう完全に終った」と言った時は、「あーそのセリフ、友達に何度送ったことか!」と、妙に劇団風に嘆いたので、「そおぉ」と感心した。
そんな日々が続き、今度は、母親ではなく弟の末次郎がターゲットとなったようで、ことさら「あーあ」とか「ふー」と言うため、末次郎が「どうしたんだよ?」と聞き、なんやらかんやら話していたかと思うと、末次郎は「もう過去を振り帰るのはやめろよ。前を向いて生きるんだ」と大真面目にアドバイスしていた。中学生とはきれいな正論を言うものだ。娘も、期待通りのことを言ってくれたとばかり「そっかー。前かぁ。そうだよね」と素直に納得していた。

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そして、彼女の恋は終った…
のかと思ったらそうでもないらしい。
彼女は今日カラオケに出かけた。
誰と? とは聞かなかったが、オダくんくさい。
今日の昼頃、さんざん着るモノに悩んでいたかと思うと、どうにか水玉のキャミとアンサンブルの半袖の同じく水玉のブラウスを着て「行ってきます」と出かけた。かと思ったらすぐに戻ってきて、またゴソゴソやっているため「どうしたの?」と聞くと「これじゃ寒いから上に着るモノ」というのだが、今日がそんなに寒い日とは思えず、「それでいいんじゃない」と言うと「遅くなった時に寒くなるかも」と言い「でもあの茶色のじゃ冬みたいだし」とか言うので、わたしの春用の薄いカーディガンを貸してあげると、「あ、これいいね」とちょっとお世辞っぽく言って、「鏡見てくる」と鏡のところに行った。しばらくして戻ってきて今度は、「カーディガンの下の半袖が出っ張ってムキムキマンに見えない?」と言うため、「ムキムキマンの腕のコブはココでしょ」と、二の腕の内側の贅肉がプルプルするところを指すと「そうだよね。そこだよね、ここじゃないよね」と、カーディガンの出っ張りを心配しているのだが、春用カーディガンを貸してあげた時点で万策尽きているこちらとしては、どうしようもないため、「そうそう、ムキムキのコブができるのはここ」と、わたしは熱心に安心させたつもりだ。

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と、これだけの出来事を振り返ってみても、単なる友人とのカラオケとは思えないのだ。
いったい今夜、何時に帰ってくるのだろう。本当に遅くなったら、あのカーディガンではとても寒さは防げない。何せあのカーディガンは、黒の薄いニットで、シースルーになっているからけっこうセクシー系だったりする。ファスナーに一工夫あって、下からも上からも開閉できるため、下の服の見せ加減をX型に調整できるというデザインだ。
もっともわたしは、そういう若いタイプの着こなしはしていなくて、単なるカーディガンにしていたのだが。

早く帰らないと寒いよと思っているけど、今は天気の寒さどころじゃないよね。

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