広島  ふたつの時代に生きるふたりの女性を通して、いま、生きる喜びを痛感する。
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■sukimaから一言宣伝
麻生久美子ナチュラルに熱演。田中麗奈の庶民派普段着ファッション。今の時代にとっての原爆。声高でないので自然に観れる。ハンカチ忘れずに


夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)

麻生久美子がどんな風に出ているのか見たいという、それだけの動機で観に行ったので、原爆映画であることはあまり意識していなかった。

映画が始まってすぐに蝉の鳴き声がきこえた。さっきまで自分も蝉の鳴き声の中を歩いて来たのに、夏の懐かしさ、夏の思い出、夏の切なさといったものを感じて、これから始まる映画が原爆の話でなければいいのにとつくづく思った。どんなに平凡なありふれた他愛のない映画だったとしても、原爆映画よりはマシだ。ありふれた夏の一こまを描いた映画が見たい。その感じは、麻生久美子演じる皆実(みなみ)が出てきてますます強まった。

舞台は戦後13年を経過した広島で、昭和33年。皆実の服装はその時代らしく白いブラウスに膝下丈のギャザースカートで、皆実の職場はその時代らしい活気にあふれる小さな会社。会社から帰宅するとき、皆実は川の土手を靴を脱いで歩く(靴を脱ぐ理由は後で明かされる)。川の向こうに夕陽が落ちかけて、何事もなかったかのような平和な景色が広がっている。皆実は鼻歌を歌いながら帰る。それだけでもう映画だし、それ以上は何もいらないと思うほどに、皆実は欠けるもののない美しさだ。

けれど本当はたったの13年前にその川にはるいるいたる死体が浮かんでいた…という事が分るのは、原爆の証言としての絵が出てくるから。川の絵の他にも映画は何点かの絵を見せる。絵だけでなく当時の凄惨さを伝える写真も要所要所で数回使われる。けれど、わたしが修学旅行で資料館に行った時に写真から受けた衝撃はあんなものではなかったから、ごくごく控え目な使い方だと思った。

原爆っていうのは決して表現しきれるものじゃないと思う。それはもうどんなに頑張っても無理だ。映画を作ったり観たりするのは生命力に満ちたものであるし、他人や世界への興味なくして出来ないけれど、原爆はそういうものすべてを無にする力なのだから。この映画がごくごく小さな日常的なエピソードを積み重ねることに努め、ことさら原爆自体を現そうとしなかったのは良かったと思う。そのぶん、「原爆はそんなものじゃない」といった歯痒さも生まれるかもしれないが。

ネタバレになるが皆実は26歳の若さで死ぬ。皆実が胸に抱いていた感覚や思いは、今の言葉のPTSDでは言い表せない複雑さがある。また彼女の放ったいくつかのセリフは独特である。麻生久美子はこれらのセリフを淡々と静かに、それでいて観たものの心に永く住み着くよう演じきっていたと思う。

と、いうところまでが昭和33年で、次の場面で平成19年に切り替わる。
平成19年の人物配置は以下のようになる。

1:皆実の弟で現在60歳すぎの、旭(あさひ:堺正章)(原爆投下時、水戸に疎開していたので被爆していない)
2:その娘(七波:田中麗奈)(父は被爆していないが母は被爆)
3:その弟(凪生:金井勇太)(同)
4:東子(七波の幼馴染。凪生と恋仲だが凪生が被爆二世であるために両親に結婚を反対されている)
5:打越さん(皆実と結婚するはずだった優しい男性。旭とは小石を投げ合った仲。この年再会を果たす)

さらに昭和33年と平成19年の間の人物
#:七波たちの母(40代で亡くなったため平成19年には故人)
#2:フジミ(皆実と旭の母。被爆しているが80過ぎまで生きた)

ということで後半の軸は、「ピカ」の直接の惨禍からは生き延びても放射能の影響という得体のしれない恐怖(若くしての発ガンなど)に苦しめられるという、原爆のもうひとつの一面が出てくる。
原爆にはそういう大きな一面があることを、あのヴォネガットすら認識不足だったということが確か『スローターハウス5』のあとがきにも書いてあって、その程度にしか考えられていないのかとショックを受けたことがある自分であるが、アメリカ人は今でもほとんどそうらしい。

もっと知るべきである、とは言ってもフジミのように長生きすることもあり、自分が被爆*世だったなら長生きの可能性にかけるであろうから、声高に啓蒙するのも難しい。そういうことも含めてもっと知られるべきではという意味で、この映画は海外でも上映されるといいなぁと思うのだけど。

観ていると泣きっぱになるところ、七波演じる田中麗奈はそこから引き戻すかのようにサッパリと明るい。彼女の、とくに親友と図らずも過ごすラブホテルのベッドでの明るさを見ていて、人の世ってすごいなぁと思った。川の向こうに夕陽が落ちかけて、何事もなかったかのような平和な景色が広がるように何事もないような顔で生きる。そんな顔がたくさん並んで人の世がある。苦しみと悲しみがどれほど深い場所で眠っていようと

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