希望ヶ丘の人々 / 重松清

希望ヶ丘の人々2年前の夏、まだhatenaの住人だった頃、『滝山コミューン一九七四』(著者:原武史)の感想を書いた。その時期に原氏と対談していたのがこの作者で、両者は同世代人であるゆえ、あの時代を再発見しその中で共感しあっていた。かくゆうわたしも1962年生まれと同世代であるから行き掛かり上、色々と考える機会をもった。


もともとこの世代は、直近の上世代が、やたらと人口が多く、かつ数々の文化遺産を残した(といっても、文化物は一部の人が作った、ということであり、大半の人は別に何も作ってはいない)「団塊」世代とも「全共闘」世代とも言われる人々のため、その影に隠れ特徴がないとされた世代だった。だからこそ、『滝山コミューン一九七四』が、ワレワレの世代が何だったかを発掘してくれたことに、注目が集まったと理解する。
『滝山コミューン一九七四』では著者(原武史)が、自らの小学生時代(特に1974年。本人6年生)を振り返り、教育現場で起きていた恐るべき集団主義教育を告発していた。
具体的には、「全生研」(全国生活指導研究協議会)なる、小中教師の組織があり、ソビエト社会主義国の手法を模倣、「班」を最小単位に、班の構成員の心理メカニズムを利用した「集団つくり」が行われていたことを。
わたしの場合実を言うと『滝山コミューン一九七四』があまりピンと来なかったわけであるが、『希望ヶ丘の人々』を読んであらためて考えて、なぜ自分にはピンと来なかったのかが分かってきた。
たとえば『滝山コミューン一九七四』内の次の一文
< 挙手による「消去法」をとることで、どの班が「もっとも弱い班」か、つまり「ボロ班」かが白日のもとにさらされる。しかもこの場合は、一つのクラスではなく、学年全体から烙印を押される形になるのである。何とも苛酷なやり方と言ってよかった。>
これを苛酷と感じたのは、著者が班を率いる「班長」というリーダーだったからかと思う。
ところがわたしはリーダーではなかった。どっちかというと、というよりも明らかにわたしは班の足を引っ張る方だった。被虐的に言っていると思われても困るので具体例を挙げると、挙手の回数を班単位で競い合っていたその時に、わたしはぜったいに挙手をしなかった。班長は挙手をさせようとあの手この手を使い、班のノートに書いたり、告発の真似事をしたり、いろいろしていた。むろん悪意ではない。競争という舞台に立った班長の当然の行動原理に従ったまでだ。わたしは今で言う空気を読まないとか、そういうことになるだろうか。
こう書くと、相当につらい状況に立たされたようにも思えるがそれほどでもなかった。その後の時代ならばもっと陰湿になったかもしれないけれど、この時代はまだまだ「全生研」的なアプローチが浸透していなかったのか、わたしは単に変わった個性的な人くらいの位置づけですんでいた。
とはいえ、やはりつらいのはかなりつらかった。さほどザンコクな時代ではなかったにしても、つらいのはつらかった。ただ、上記引用で言うような「苛酷」は感じなかった。ボロだの弱いだの言われることは、わたしが女だからかもしれないが、肌なじみのいいよくある敗北にすぎないものだ。
だが、成績優秀であり、なおかつ感性も豊かであり、大人顔負けに状況判断する力のある、リーダー的な人物にはそうはいかない。つまり、立場の違いが感じ方に、違いを持たせている。
違いはあっても多分、集団教育に疑問を感じたくもないのに感じて仕方なかったという点では同じかもしれない。集団教育がもたらすキャンプファイヤーや合唱の時のカタルシスを、原氏同様思い出しつつも。そう、あの時の、連帯の感覚と喜びを、今も思い出す。
それでいて、どこまでも絶対的に逃げ出したくなる、『連帯』への嫌悪と恐怖も。
☆ ☆ ☆ ☆ 
本作『希望ヶ丘の人々』は、この世代の人間ならではの世代感がいっぱい詰まった快作だ。
いっぱいすぎて、ワレワレの世代「以外」にとって意味なくない? と心配になるほど。
しかも、ワレワレの世代はあまり人口が多くない。二度のベビーブームの狭間に挟まれ、人の数が少ない、つまり、この世代の購買を当て込んでもはかばかしい効果が見込めない。
☆参照:平成15年10月1日現在推計人口
この図の40歳のあたり。
だがそんなのはいいや、である。
ワレワレの世代が喜ぶのなら、それだけでいいような気がしてくる。
そんなで、ワレワレが中学の時によく合唱した「銀色の道」を登場人物は評して、「中学生に歌わせるのはもったいない(くらい良い曲)」という。「銀色の道」のことはおぼろに覚えていたけれど、よりハッキリ知りたくてどれどれと検索して聞きなおさずにいられない。

「歌声喫茶」が好きなのは団塊世代だろうけども、形を変えて、誰かと一緒に歌ったり演奏する姿が作中たびたび出て来る。この歌「銀色の道」も、「ひとり ひとり 今日もひとり」と言いつつも、本当のひとりなのではなく、孤独感を共有する連帯が底にある。
であるから、自分の孤独は誰かと共有できるような類の孤独ではないと思えば、この歌は虚しい。しかし、「ひとり」という点では、あなたもわたしも同じですね、と思えるなら、連帯の情を運んでくれる。今、この歌にそういう働きが残っているのかはよく分からない。ただわたしには十分にいい曲なのだ。

矢沢永吉ことエーちゃんは、本作にとって、とりわけ大きな役割を担うアイコンだ。
亡き妻の、初恋の相手だった「かもしれない」不確定な相手が、そのものズバリ中学時代エーちゃんと呼ばれた、ヒロイックな少年。エーちゃんは、今では頭の毛こそ薄くなっているが、当時と変わらぬカリスマ性でもって、騒動の場をおさめていく。ここらへんが、教育からみの物語としてはちょいと甘ちゃんに感じるのだけれど、ギリギリ読んでいられる線をキープしている甘ちゃん加減であるし、あんまり重苦しいのもツライ、という疲れた気分にあっている。実際とてもあっているので、すいすいとストレスフリーに読める。ていうか、ビールやワインを飲みながらラフな気分で読めるからシラフである必要はない。やたらめったら分厚い本なので読了できると思わなかったけど、いつの間にやら読めていた。
また主人公の田島さんというのがお人よしで、塾経営を始めたはいいが、自分よりかなり年下の(これは第二次ベビーブーマーであろう)フランチャイズ塾の世話人の若造に馬鹿にされまくれ。けど、文句も言わず、悪口もさほど思わない気立てのよさ。どこまでも気が優しくて優柔不断で。
だからたとえば
☆参照:OLの考えるダメ上司、1位は「発言にブレがある」あの人
なーーんて言われてしまって。
ほんと、この世代はブレてブレて、どうしようもない。
けど、弁護するわけじゃないけど、ブレなさすぎるのも、危険だと思う。
色んな考えや価値観があり、ぜったい善などはないし、右を立てれば左が、左を立てれば右が、ウヨを立てればサヨが、サヨを立てればウヨが傷付いたり泣いたりブチ切れたりするから、オロオロしているのですよーー
☆ ☆ ☆ ☆ 
そんな優柔不断な田島さんだけれど、本当にいざとなったら強い決断と正義感を見せる。
そして普段は、ユーモアいっぱいの穏やかさと、底抜けの人の良さをもっている、こんな田島さんこそ、いかにもワレワレの世代だと感じるのである。
☆ ☆ ☆ ☆ 
BUT…!!
エーちゃんの娘でハーフのマリアが結局アメリカに渡ってしまったのが、作中一番のダメージだった。
「やっぱり日本は、『みんな同じ』でないとやっていけないから」
と、言い残して。
☆ ☆ ☆ ☆ 
話はそれるが、先日NHKを見ていたら、(この番組)、世界で一番「幸せ」を感じている子どもはオランダの子ども(統計)、ということで、オランダの小学校に取材していた。
オランダの教育理念は、子どもが「自律」していけることが至上命題。だから、授業も、すでに分かっている子は自分で先を、分かっていない子は先生の話を聞いたり、他の子に教えてもらったりしていた。しかもある子は算数、ある子は国語と、やりたい方をやっていいそうだ。
これ見てつくづく思った。
「学校は、勉強をするところ。集団生活に適応する場ではない」と。
だから、学習の吸収の早い子も、遅い子も、同じクラスの場にいながら苦痛じゃない。
オランダにも何かしら「負」の側面がもしかしてあるとしても、学校は勉強をする場所。
出来る子も、出来ない子もそこにいられる、いてもいい。日本もそのための方法が必要なんじゃないか………
番組で意見を述べていたフリースクールに通う生徒さん。
我が家も、子どもが学校に不適応起こした時、通わそうと思ったフリースクール。
けどフリースクールって、近所にはどこにも「ない」。あっても、公立学校のように地域にあるわけじゃないから、非現実的なくらい通わせるの不可能。
公立学校に不適応起こしたら完全アウト。(私立は金ないからむろん論外)
ほんとに、きつかった。
今はどうにかこうにか終わったので、意味もなく安堵だけど
☆ ☆ ☆ ☆ 
なんて『希望が丘の人々』から話がそれた。いや本当に、希望のかけらもなくなる瞬間ってあるものだから。
木綿のハンカチーフそんなで、ワレワレの世代に特化したエピソード満載のうれしい作品。
けど、それ以外の世代だって読んで読めないこともない一作。なに、わからない専門用語(南沙織、あべ静江など)が出てきたらググればいいのだ。
あと、落涙状態が続くのでハンケチは必須。
(出来れば木綿のハンカチーフw)
何しろ、「みんなおなじ」であることを暗に強要するような、集団主義的な『連帯』だけは勘弁してほしい。それがどんなに一瞬快感をともなう連帯感をもたらしたとしても。
「全生研」的ではない、ほんとうに心地いい連帯を求めて、この旅は続くのかもしれない…