【現代社会】前が見えない

先月は二回しか更新できなかった。日々接する情報がどんどん細かく、重層的に、スピーディーにミスト状になっていくので、まるで濃い霧に包まれている気持ちになる。前が見えない。

いっそ政治やジャーナリズムの事など関係なく、他のテーマを取り上げることにしようかと思い、使えるカテゴリがあるかと見直してみた。
すると、自分が設定したとはいえカテゴリは41種類もあった。これでは収拾がつかない。ガンバって昨夜24種類までに減らした。

とはいえ前が見えないことに変わりはない。
宮台真司さんという方が「原発をなくす有効な方法――落選運動と不買運動」の中で実に腹立たしいことを書いているので簡単に触れたい。

氏曰く:その意味で〈原発をやめる〉ことより〈原発をやめられない社会をやめる〉ことが大切です。そうした立場から見ると、デモは残念ながら〈原発をやめる〉ことに関わるだけです。その意味で、現実に〈原発をやめる〉ことにどれだけ資するのかがポイントになります。
まず、国会議員や霞が関官僚、電力経営陣や電力労組などの連中にとって、こういうデモは痛くもかゆくもありません。官僚は政治家に弱く、政治家は有権者に弱く、有権者は官僚に弱い関係にありますが、国民が直接運動で働きかけられるのは、政治家と経営陣です。

前々から、インテリの人って奇妙な事を言うなあと思っているのだけど、デモに参加した人って(というか、参加しない人でも)、「原発がなければそれであとはどうでもいい」と思っているわけじゃないでしょう。あるいは、「原発事故さえ起きなければあとはどうでもいい」と思っているわけではないでしょう。

あるいは氏風の価値観を取り入れて、「原発をやめられない社会をやめられるならあとはどうでもいい」とも思っていないでしょう。

拒否感(この場合原発や原発事故への)があるならば、それを表明できる、ということ。押し潰されないために、表明し続けることができるということ。押し潰されて、黙らされ、あげく精神が殺される、のではない、ということ。相手が誰であろうと絶対に殺されたくない、ということ。
「原発作らないでやるから黙ってろ」というなら、そんなのはダメに決まっている。

(だから、「反原発運動のせいで原発事故が起きた」的な話しを聞くと本末転倒だと思う。)

それにまた、「国会議員や霞が関官僚、電力経営陣や電力労組などの連中」に痛い思いや痒い思いをさせたくてデモをしたわけではないでしょう。

去年の4月11日のデモの前日、NHKは飯舘村に残る、赤ん坊を含む一家の様子を伝えていた。村は30キロ同心円からは外れていても高い濃度の放射線汚染地区になっているのは、ネットにつないでいる人なら誰でも分かった。一家の情報源はテレビしかなかった。テレビとテレビに映る政府の言うことだ。若いお父さんは枝野さんの会見を見ながらどうしたらいいのか分からずにただただ迷っていた。NHKは番組外では情報をあげたのかも知れないけど、助ける風でもなく映しているだけ。そりゃあ放送局なんだから、助ける筋の立場ではないとしても、そんな場所一般人は行けないのだから。取材だから入ったわけだから。そこに今いるNHKのスタッフがなんとかしないでどうする。

国会議員や霞が関官僚や東電や原子力行政に痛い思いや痒い思いなんて、どうでもいい。
心底、ほんっと、どうでもいい。

こういう、社会で起きた運動の真のコアを見れない、見ようとしない人が社会学者とか言っても、「不買運動」も「落選運動」も起きないでしょうね。

たぶん、ぜんぜん盛り上がらない。わたし自身、この文読んでて、まったくやろうと思わなかった。

☆ ☆ ☆ ☆ 

以上で言いたいことはだいたい終わったのだけど、ひとつ付け足さないといけない。
何を付け足すか。
社会とは我慢の場。我慢、辛抱、忍耐の場。ただしそれも5割止まりで ←point

と、いうこと。

この件にしても、「不買運動」や「落選運動」が有効と思えたならば、その前後の文や書いた本人に多少の不満はあっても、やってみる価値はある。あれが気に入らない、これが気に入らないと全否定していたら残るのは瓦礫の山だ。
それに、たとえば氏がやっているような「原発国民投票運動」や、その他の事が自分にできるわけではない。

5割という数字に根拠はないが、社会の半分のことは我慢しなくてはならないというのが、実感だ。ただし、それが7割も8割もあるなら問題化しないとヤバイかもしれない。逆にぜんぜん我慢していなかったら、それもおかしい。また、他人に我慢を強要するのもおかしい。

つまるところ、諸手をあげて全面的に賛同する相手はいないと思った方が早いのだ。
その事が一番表面化するのは、ある政治家Aに投票しようとする時に、その政治家の掲げる公約のあるものは賛成、あるものは反対な場合だ。

政治家Aには好意を持つがしかし公約面が…

そんなで状況はより細やかに、重層的だ。

次回予定(予定)


1:消費税増税モンダイ及び財務官僚のエゴを、(メディアがやらないから)口コミで広めるために

財務省はいかにして政権を乗っ取ったのか – マル激トーク・オン・ディマンド – ビデオニュース・ドットコム インターネット放送局

いつも思うけどこちらの説明文は簡潔にして明瞭で、本当に分かりやすい。場合によっては本編ビデオ見ないでも十分なほど。

けど、これをそのまま頭に入れても、口で広めるためには弱い。なぜかというと、喋る場で必要なのは、明晰な知性よりも臨場感のある「数字」、覚えやすい「人名」、感情がはじける「ストーリー」だからだ。※

この回、かなり聞くのつらい。特に当方が感情的になってしまったのは、21分あたり。
閣議で、復興資金のために国債を出そうという話しになったとき、財務省は、「復興予算」を増税が決まる前に決めてほしくなくて、邪魔をした。

このくだりで財務省に腹がたちすぎて死ぬかと思った。
でも、がんばって続きを聞こうと思っている。ダメかもしれないけども。

今日見た

「助けて」1日2万件、死にたい・食べてない…(読売新聞) – goo ニュース

 

 

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