TBS系ドラマ・金曜22時 花より男子(だんご) オリジナル・サウンドトラック

1-3回の感想

わたしの場合、2005年バージョンを見ていないので、1-3回では原作とドラマの違いを気にしないようにし、テレビドラマの方に自分のモードを合わせていった。それでもある「不可能性」の予感はあって、たとえば、原作で主人公つくしが受ける学園をあげてのイジメと暴力は、ドラマでは相当に人畜無害な形式ばかりのものになっていたし、リストラを受けたつくしの父が就職口がみつからず、追い詰められてとうとう身寄りがいるわけでもない漁村へ漁師をやりに家を出て行く、といった顛末は、ほとんど描写されないまま軽く流されただけだった。


きっとこれらエピソードは、あんまり深刻で重たいからテレビドラマ向けではないと判断されお茶を濁されたのだろう。
「まテレビだから仕方がないよね」と思って、わたしもテレビドラマのモードに合わせた。けれどそれだと、とても困ることが発生してしまって、それなら道明寺はつくしのどこに惚れたんだよ? と疑問がわいてしまう。
つくしの、ド貧乏な境遇、今の言葉でいう格差社会の底辺で、さらにまた下方へ叩き落されるようなことが次々起きても、それでもぜったいに負けないという執念と、金持ちの恋人の七光りではなく、自分自身の力で輝こうとする確固たる意志を持つからこそ、道明寺のつくしへの一念も燃え上がっているはずなのに。そうでないなら、つくし一家の生活費など、道明寺の毎月の小遣いの半分もないくらいであろうから、恵んであげればすむことだ。

今のところ、ふたりの恋の緊張感は、(つくし×道明寺×類)+(つくし×道明寺×滋)という三角関係のダブル構造で保たれてはいるが、そのせいかスポンサーであるところのSoftBankの携帯がやたら登場し、段々うっとうしくなっているわけで、しかも登場人物全員SoftBankユーザーってありえるかよ? なのだがその点は不問にするとしても、三角関係依存だと凡庸なドラマで終わってしまいかねない。

それは結果として、激しい恋心を演じる演技の空転現象になって現れてしまうだろう。
考えるだけでそれは、とてももったいないことだ。
第4話のラスト、取り壊しを回避するためにこともあろうにボロアパートを丸ごと買い取った道明寺が、ひさびさの告白をする。ひさびさの告白というのも変な言い回しだけども、このドラマには肉体のセックスはなく、言葉のやり取りがその代用みたいなものなので、告白は定期的に繰り返される。であるから、告白をする間合い、言葉、声、仕草、表情などなどが、官能そのものとなって相手を射抜いたり、あるいは包み込むのでなければならない。

その点、この場面のマツジュンは素晴らしかった。
この人にはどこか、昔のヨーロッパの映画俳優に似たところがある。
ヘルムート・バーガーやアラン・ドロンのようなもったりした重さと、下品さと気品がないまぜになった感じ、それと白い尖ったクラッシックな襟が似合うところなど。

しかし、翌第5話の告白はどうだったろうか。そう、最近は毎回毎回コクっている道明寺であり、その都度自分が言われたかの如く胸をときめかしていたりする素朴な視聴者の自分であるが、5話の道明寺は、否マツジュンはブレていたと、言わざるを得ない。

そして第6話。6話はもうすぐ実際に来るバレンタインデーに合わせた面白い演出ではあったものの、この回の道明寺からの告白も、まぁまぁかな? という感じだった。
それもこれもつくしの現実が描かれなさ過ぎるために、つくしの比重がどんどん軽くなり、社会的責任をどっしり背負ってしまった社会人(というか財界人)としての道明寺とのバランスが悪いのだ。
それでもようやく、道明寺家に仕えて60年?の「たま」さんが出てきたので、これからしばらくは新しい展開になりそう。あと「コスプレ」を「プロレス」は笑ったね。しかしこのままじゃ、道明寺の勢いに押し切られるだけのつくしになりそうなので、頑張ってほしい。

マツジュンも素晴らしいけど、つくしが輝いてこその「花男」のはずだから。*1

 

*1:追記:つくしと道明寺が土星人なんて原作にあったっけ? 細木数子ヨイショなら勘弁して!!