おしごと場にて

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16日の『法と掟と』の感想の通り、「わたしの現場で起きている離脱による空洞化現象」について、うまく説明できるか自信はないが書いてみようと思う。

去年、病院にカンサが入った。カンサというのは、法律が守られているか監督や指導にくる役所の人、もしくはその行為のことである。
うちに来る役所の種類は複数あって、ある時はせいしん保健福祉法、ある時は区の衛生ナントカ、ある時は労働基準法か何か、と、少なくても2種、多ければ4種類くらいのカンサが定期的に点検に来る。

去年に来たのは多分、衛生関連かなと思う。数年前、ナースステーションの冷蔵庫の中を見て「温度計を付けてください」と指導した役所だ。そして今回またやって来て、温度計を付けたかどうかシッカリと確認し、「温度計は冷蔵庫の中段かつ手前の見えるところに設置してください」と、こうるさい指図を出した。これ、また数年後にやってきて確認するのだろう。
うちの主任はカンサとなると下痢腹になるくらいカンサ恐怖症な人なので、その後は「温度計は冷蔵庫の中段よっ、あと手前の見えるところよっ」と、当分カンサは来ないっていうのに忠実に守っている。

ちなみに、カンサの人は自分らが何を指導したのか記録していて、次に来た時に、それが守られているかどうか、言うことをきいたかどうか、を必ず調べていく。もしも守られていない場合、患者サマひとりあたり何点という点数が減点され、病院は経済的な損失をこうむることになる。

さて、その同じカンサの人が去年にやって来て指導したことの中に、「メディカルボックスを病室に置かないように」というのがあった。メディカルボックスとは(うちでは)医療廃棄物を捨てる専用のゴミ箱のことで、使用後の注射針や点滴の空き容器、血液や膿が付いた処置後の物品など、キケンあるいは医療的に不潔なゴミを捨てる。

うちはほぼ寝たきりの人が多いから、メディカルボックスに手を入れたり足をひっかけて転ぶような人もいない、と楽観視して、それに自分達の使用頻度の高さゆえ病室に置いていたわけだが、たまたまカンサの人の目に止まってしまい、ついでのように注意された。ついでではあっても、次に来たら必ずまたチェックするので、言われた以上は守らねばならない。

「なんでみつかるとこに置いておくのよー、みつからなきゃ何も言われなかったのにー」という不満も出つつ、仕方がないので、メディカルボックス、通称MDボックス、略してMD(ミサイル防衛ではない)は病室から消えてなくなり、置いてもいいと許可されたナースステーションにだけ置かれた。

その後っていうのが、本当に大変で。普通のゴミ箱に捨てるわけにいかないゴミだからこそMDを置いていたのに、捨てるところがなくなったのだ。ただでさえ忙しいのに、ゴミが出るたびに遠くのナースステーションまで戻らなくてはならない。そのためどんなズルが横行しているかなんて、ちょっと書くとやばい。
カンサの人の注意した根拠が何なのか、具体的には知らされていないが、おそらくはさっき書いたとおり、感染と器物としての「危険」かと思う。各自良心に基づいて最低のキケンは回避していると、祈るしかない状況だ。

が、本題はそこではない。MRSAという菌を保有している人の個室からもMDを取り去ることになり、本来室内だけで処理しなければならない汚染されたものを、わざわざナースステーションまで持ってきて捨てなくてはならなくなった。これでは、菌をそこらにばらまいているようなものだ。
さすがにもう我慢がならず、せめてその個室だけにはMDを置かせてくれとの主張が続出。
ところがうちの主任は、役所の言うことなら何でも聞いてしまう元祖「指示待ち症候群」53歳バツイチ子供ひとり。今は猫(アメリカンショートヘア)のボウイくんと同居中でーすウフボウイくんかわゆーーい☆なのだ。

「絶対あそこMDなかったらそこら中Mだらけにしちゃいますよっ、ジョクソウ処置とかいろいろやっているのに!」
と、何べん掛け合っても「んーーでもーーカンサでねー言われたでしょお?」

「だからー、今度カンサが来たらしまえばいいじゃないですか?!」

「でもカンサがねー」

とカンサカンサである。
実のところ、カンサが入る時だけ体裁を整え、去ったらまた元に戻すというのは、病院界では割りとよくやられていると思われる。この主任の場合、そういうタイプの行いをすることにもビビリまくり、ごく合理的に正しい判断(その個室の方は完全に寝たきりなのでMDには近づけない)だろうが何だろうが受け入れない。

だったらもういいよ。いいんだね、そこらじゅう菌だらけにしても。一番清潔区域(医療界隈でいうところの「清潔」で無菌物を扱うといった意味)でなくてはならない場所なのに、いいんだね。いいならいいよ、である。
これに関しては今でも納得は出来ないし、主任よりももっと上の人にかけあうか、自分の首をかけるくらいの熱意で言えば変わるのかもだが、そこまでやるかっつうの。
だが話はそれだけで終わらずもっとネジれている。

MRSAという菌は、検索して調べても分るとおり、どこにでもあるありふれた菌で、たいした害悪はない。ないけれども<例外的に無菌室が必要になるくらい抵抗力が低下、大手術の後、重症の熱傷(やけど)を負った、血管内にカテーテルを長時間入れている場合>は、感染すると大変なことになる。しかし、わが病棟にそういう人はいない。
カンサと、院内で独自に作った「感染委員会」のマニュアルでは、予防衣の着用や消毒作業など手間のかかる決まりごとを沢山作っているが、そんなのがどこまで必要なのか、深く知るのがこわいくらい謎なのだ。

謎ではあるが、マニュアルを手間ヒマかけて実行している以上、菌は菌として機能している。きわめて事実性のアヤシイ、バーチャルリアリティな菌ではあるが、れっきとして「有害」なのだ。

だからこそ、MDを個室に置いてくれと、主張した。
しかし、聞き入れられなかった。

以上、がんばって書いてみたが、結果として「何も書かれていない」くらい空洞のように思う。
ひょっとしてカフカとかカミュもあきれる不条理劇だったりして。

カンサがまったく不要であるとは思わないし、「カンサが入る時だけ体裁を整え、去ったらまた元に戻す」のは問題があると思われる。けれどカンサ側だって、そういう不埒な病院があるのは知っているだろう。知っていて、抜き打ちではなく事前に知らせてやってくるのだから、カンサって何?
そんなもの相手に必死こいて焦っているうちの主任って何?

ともかく、自分がしていることの実感としての意味がつかめなくなると、どんどん頭も心も空転していって、「カンサで言われていないから毒入っていても気にしない」くらいのレベルに感性が鈍磨していきそうで、これ、ちっとも大げさではない話なのであった…

 

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